Chapter II

プラットフォーム

   
     

 時々,「コンピュータは何に使ったらいいの?」という間抜けな質問を受けることがある。そーいう輩には「使う必要はないよ。」と答えてあげることにしている。使い道を思いつかない道具を持つ必要はないし,それよりも,有効な使われ方をしない道具の方が可哀想だ。
  また,「コンピュータは何を使ったらいいの?」という質問も,先の質問と間抜けぶりはいい勝負である。800m先のコンビニに行くだけにフェラーリを買ったら何かがずれているだろうし,急な出張でニューヨークに行くときに船便を選んだら,会社から解雇を宣告されるのはほぼ間違いない。つまり,用途によって全くチョイスは変わってくるのだ。これらの状況より最悪な者もいる。なんとなく使わなきゃいけない使命感に駆られコンピュータを買ってみて,いっしょに買った(もしくはおまけで付いてきた)タイピングソフトでブラインドタッチの練習何ぞをしたりしているお馬鹿さんがそれだ。はっきり言って,これらのタイプの人間は何をやっても的はずれな事しかしないのだろう。リストラの対象になっているか,もしくは既にリストラされたかのどちらかと思っていい。

 まず,前述のIT社会から落ちぼれた大きなお友達は話の対象から外すとして,最初に買うマシンのプラットフォームで悩んでいる話はよく耳にする。自他共に認めるジョブス信者ではあるが,助言を求められればWindowsを選びなさいと言うようにしている。寄らば大樹の陰とはよく言ったもので,多数派に属しておけば助けてくれるお節介焼きも沢山いる。そちらをチョイスしてもらったらこの話は自分から離れる,という厄介払いの意味も多分に含んでいるのは否定しない。もしも,Macにしてみたら?などと口を滑らせて後々までフォローを続けなければならないとしたら,それは,もう,筆舌に尽くし難いという日本語を地で行ってしまうことになる。

 設計思想から異なる二つのプラットフォームを並列して比較するなどと言う行為は,ボブ・サップとピカチューのどっちが強いのか朝生で議論するようなものだ。意味がない。しかし,バトルに勝たなければならないという根本的な目的は同じなので,例えば「リングの中なら」とか,「ロケット団が相手なら」といった条件付けをしての比較は可能だろう。まあ,当然独断かつてきとうなものだが,パソコン本体を含めて両者を比較していこう。
 “汎用性”“価格”という観点ならWindowsに軍配が上がる。これは独占に近いシェアが可能にしているにせよ,最早説明の必要さえない。ただし,かつて言われていた安定性というものは既に失われていると言っていい。Macの代名詞のように語られていた“フリーズ”“ハングアップ”という現象は,me以降のWinで多く見られるようになったからだ。一方で,“使いやすさ”“筐体の美しさ”なら間違いなくMacintoshだ。お猿な頭脳でもマウスにボタンがひとつしかなければ押し間違いはできないし,無駄な領域まで遊び心を加えた筐体のデザインは工業製品の枠を超えている。これらを踏まえた上でチョイスを行うことにしよう。
 まずは,通常の業務を行う場合や,職場環境が殆どWindowsを使用している場合は,社会人としての団体行動や協調性の観点からも,天の邪鬼にならずに素直にWindowsを選ぶべきだ。逆に,グラフィックスを主体にしている職場や,古くからのMac使いがしぶとく生き残っている医療・研究機関などでMacが中心になっている場合は当然Macにした方が話は早い。つまり,基本的にプラットフォームの選択は使われる環境因子に大きく影響されるのだ。仮に,仕事とは関係なく選択を迫られたとしたら,何よりも一番身近にいる使い手と同じプラットフォームを選ぶべきだろう。これも大きな意味での環境因子だ。迷ったら自らの置かれた環境を再確認すれば,自ずと答えは出てくるのだ。それに,環境なんて関係ないと思っている方は,プラットフォームについて悩むことなどないだろう。
 もうひとつ,決定的なことを。根本的にプラットフォーム(OS)をいじるなんて事はない。仮に何かするとすればトラブったときで,だとしたらこんな悩みを抱える初心者に対応する能力はない。日々の作業で扱うのはあくまでもひとつひとつのアプリケーションで,同じアプリケーションを使うなら,WinもMacも大差はない。確かに違いはあるが,その程度のことが障害になるのなら,一生パソコンには馴染めないと理解すべきだ。
 なんとも面白味のない結論。この程度のテキストでサーバの記憶媒体を消費するかと思うと,無駄遣いここに極まれり,と言う感じである。

 今を去ること10年以上前。私がMacでなくMS-DOSのNEC98シリーズを使っていたと言ったら,信じてくれる人はどのくらいいるのだろう。私にパソコンという名の無限の空き箱を秋葉原で与えてくれた友人は,人生の線路を切り替えた一人だと言ったら大げさだろうか?そのくらい,その空き箱の可能性はおこちゃまだった脳みそを魅了して離さなかった。そして,時は流れ。友人に“これは借金トッシュというものだよ”と教えられていた高額な機体が3台もならぶ部屋に所属することになった。初めて起動してみると,そこにはコマンドを受け付ける画面ではなく,カラフルなウィンドウがはらはらとモニタに散った。恐る恐るマウスを叩く。訳がわからず,ただそこにある絵を叩く。突然,何かしらのアプリケーションが立ち上がり,スキャナで取り込まれたカラー画像が広がった。唖然。勝手にアプリケーションが選ばれるなんて・・・今までの当たり前を逆なでするようなMacintoshの振る舞いは,感動と言うより挑戦的にさえ感じられた。折りしも,98シリーズにもWin3.1が導入され始めた時期で,GUIっていい感じと思っていた最中。漢字Talk7.1はそれが完成している。それを知らなかった自らの無知。挙げ句の果てに電源を落とせない未熟さ。振り返ってみると出会いはあまり良好とは言えなかったかもしれない。
 「インターネットが入るらしいよ。」何それ?ニフティみたいなの?ふーん。確かにここだとニフティ使えないもんね。今にして思えば,ゴミのようなやりとりだ。夏休みが終わると,インターネットなるもののデモをするという。仕事場でMac,家でWinという生活にやっと馴染んできた頃。「マック」という言葉でもビックマックは連想しなくなってきた頃だった。そのデモに冷やかし半分でのぞいてぶっ飛んだ。
「これは世界を変える!」
直感したと同時に気づかないようにしていた悩みが頭をもたげた。
Winか?Macか?
正確にあと4年はここに居ることが決まった頃でもあった。ならば・・・
その時,歴史は動いた!と言ったら何かの見過ぎか。強烈な機体が発売されると聞き及ぶ。8500というらしい。これだ。これしかない。2倍速という馬鹿っぱやなCD-ROMドライブに2GBという見たこともない単位のHD。10年はデータがいっぱいになることはないだろう。そして,遂に3桁,120Mhzという驚異の周波数。10年使うつもりで馬鹿高なおもちゃを買っ(てもらっ)たのだった。
 この機体が縁で友人と呼ぶには恐れ多い大先輩に巡り会い,また線路を切り替えてもらった。そして,ジョブス信者としての活動を行うにつれ,何人もの人々に出会い,分かり合うことができるようになっていった。

 「はぁー,パソコン,何買おう・・・」
 そんな悩みを抱えていたらMacintoshはいかがですか?もしかしたら,あなたの人生を少しだけ楽しくしてくれるかもしれませんよ。


 

SteveJobs
Steven Paul Jobs。1955年生まれ。Atari社の設計技師を経て、Apple社創設メンバーのひとりとして、AppleとMacintoshを誕生させた。この2つの革命的な製品の出現は、パーソナルコンピュータの世界に大きな影響を与えた。1977年4月に発表したAppleIIは、世界で初めて商業的に成功したパーソナルコンピュータとなった。会社の規模が大きくなったとき、社長としてジョン・スカリー(John Sculley)をスカウト。その後、会長としてApple社を率いていたが、1985年にスカリーや会社幹部との抗争に敗れて同社を去り、NeXT社を設立した。1996年末、Apple社によるNeXT社の吸収合併に伴いApple社に復帰し暫定CEOを務めていたが、2000年1月、正式なCEOとなった。
アスキー デジタル用語辞典より引用
http://yougo.ascii24.com/